我が子よ 引き離されても父は決して諦めない
離婚で親権を失いました。 子供たちの心身は蝕まれ、約束された面会すら守られていません。子供から引き離された父親が最高裁で争う事も辞さない覚悟で戦う日常を記すブログです。
どう向き合っていくか、自問自答そして紆余曲折
私には信念がある。
私は家族を愛している。別れた妻にさえ今も愛を感じる。私には怒りがある。悲しみがある。
信頼、約束、許し、とは何か。因果応報、復讐心、憎悪の連鎖はどうするのか。
不撓不屈で自らを維持するのか。呪縛を解き別の道を模索するのか。

今は分からない。目の前にある「結果を得る行動」を堅持するのみ。

やらずして過ぎるより、やった事に意味を見出したい。結果は問わない。
今はそう思っている。そして常に自問自答している。
サイトの構成は「過去」と「現在」の記録がメインです。 概要はこちら。
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【現在】 子供の家の近くに住居を、と考える
2008年3月のことだ。
面接交渉が調停調書や、日時や条件の詳細を記した双方の実印を押した「覚書」通りに行かなくなったので、しばらくどうしたものか、と考えた。

子供達は、平日はほぼ全て習い事がはいり、週末は複数の地域の行事に参加する予定が入っているらしい。
子供達の母親(元の妻だが、今となってはどういう代名詞を適用すればいいのか分からない)は・・・

子供達が参加したいと望んでいるのに、それを止めさせてまで面会させろというのか?!
毎日忙しくて、その上面会をさせたら体調が崩れてしまう、それでもいいのか?!



と、言っている。
本末転倒、面会すらさせられない日常の忙しさとはどういうかとか、と正気を疑う。

しかし、面会に関して、融通の幅を広げて、子供の負荷を下げる努力は必要だ。
いろいろと考えてみた。

結果、「子供の近くに家を持とう」という結論に達した。

幸い、都心部と異なり、子供達は地価の安いところに住んでいる。
今となっては、自分にとって禍根の残る土地ではあるがそのようなこだわりに縛れてはいられない。

2LDK~3LDKで5~8万円が毎月の家賃といった相場だ。
金が有り余っているわけではないが、今の自分にとって不可能な負担ではない。
年間にして6,70万円ほどの負担で子供に会えるのであれば納得ができる範囲と考えた。

早速物件を探すとかなり簡単に見つかった。
子供の通っている学校の学区内だ。子供の住んでいる家から歩いて5分ほどの場所。
ここからなら、学校にさえ通える。申し分ない。

しかし、この計画を子供達の母親に伝えると、弁護士経由で拒否をされた。

反対の意思を表明しているのであって承諾することはない。
それでも実行するというなら,物理的に止めることはできない。
したがって,これ以上この件について代理人が話し合いをもつことはない。/p>



という返答が私の弁護士経由で届いた。

法的には私の行動をとめることは用意ではない。しかし、だからといって強引に子供達の近くに引っ越すことは新たな火種を生むことは用意に想像がつく。

面会交渉拒絶の色が強まり、確実に回数と時間が減ってきている中、焦燥感は増すばかりだが、冷静に対処する必要性を感じていた。

物件を探して相談している地元の不動産屋には事情を伝え、丁重に物件探しを中断する旨を伝えた。
不動産屋は私の事情を知っていることと、自分達の物件の有力な候補客を失う二重の残念さを私に伝えた。

『後に、これは 「子供の面会環境の改善を阻止する片親引き離し(PAS)の一環」 として説明できるかな?』

と思い、いつでも経緯の一部として話ができるよう整理することとした。


乱れる心を制止しつつ、認めつつ、いつか来るその日のための糧にするために。

私は決してあきらめない。
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